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2012年3月10日 (土)

福澤諭吉に学んだ武藤山治の先見性

S20120310_3 「福澤諭吉に学んだ武藤山治の先見性」のテーマで武藤山治の孫の武藤治太氏がお話された。10日は武藤山治追悼講座でした。■武藤山治氏は慶応3年3月1日~昭和9年3月10日(1867~1934)■福澤諭吉の大きな功績は①慶応義塾、②著書、③時事新報社の三つがあげられる。■福沢諭吉の『西洋事情』を読んで、すっかり福沢びいきになっていた父が、息子の教育に慶應義塾を選んだのである。ここで4年間学ぶ中で武藤山治が福沢諭吉から受けた感化は計り知れないものがあった。武藤が生涯の誇りにしていたことがあったという。それは、鐘紡の経営に際し一度も政府の援助に頼らなかったことである。独立自尊をモットーとした福沢諭吉の継承者たらんとしたのである。
■ 慶応3年(1867)岐阜県海津市に生まれ。明治17年(1884)慶応義塾卒業。翌年アメリカに留学し20年(1887)帰国、銀座に日本初の新聞広告取次業を創始。新聞記者等を経て、26年(1893)中上川彦次郎による三井の改革時に招かれて三井銀行に入行。27年鐘淵紡績会社に入社。■外資導入など、新しい経営手法を取り入れ、鐘紡を日本有数の企業に育て大正10年(1921)社長就任。■社長就任後は、温情主義、家族主義的な経営で従業員の福利厚生を重視し、待遇改善に努めました。■日本初となる社内報の発行のほか、福利厚生には社内に乳児保育所や共済組合を設置しました。■大正13年(1924)に衆議院議員に当選。政界引退後は、福沢諭吉の残した時事新報社を立ち直すべく社長を勤めました。■実業家、政治家、ジャーナリストとして、また芸術面でも「蕪村画集」を発行するなど、様々な分野で業績を残しています。
■関連ブログ:「武藤山治をめぐる群像」2011.03.05
■関連ブログ:武藤山治の先見性2009.08.22
■関連WEB::記念講座の記録「武藤山治をめぐる群像」

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