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2014年8月 8日 (金)

外交の窓口としての難波(NO.3251)

1_1 大阪歴史博物館の特集展示「河内平野の弥生王墓」(~9月1日)を見学した。 ■大阪市平野区加美遺跡で弥生時代の王墓である大型墳丘墓 が発見されてから 30年がたちました。この発見で明らかになった河内平野の王墓の実態を、 出土資料と遺構の写真パネルをもとに紹介されています。

■18時30分から、なにわ歴博講座「難波宮前夜~外交の窓口としての難波~」 難波は、遷都(645年)や難波宮完成(652年) によって歴史の表舞台に登場するように見えますが、 それ以前から対外交渉の窓口という重要な役割を果たしていました。講座では、中国や朝鮮諸国が 難波津に 来航した文献記録や、難波で出土した新羅・百済土器などの考古学の研究成果を上げながら、 「難波宮前夜」の難波の姿を考えました。出土した土器から外交の窓口の様子を分析する。
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