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2016年3月 2日 (水)

山根徳太郎以前の難波宮(No.3840)

第8回館長講座「山根徳太郎以前の難波宮」に参加しました。
日時:3月2日(水)14.00~15.30
会場:大阪歴史博物館 4階講堂
講師:伊藤 純氏 大阪歴史博物館学芸員
   栄原永遠男館長

■難波宮は山根が掘りあてました。山根以前の研究史についてはほとんど注目されてきませんでした。1913年1月に置塩章(おしおあきら)が発見した瓦を中心に、難波宮の研究史を紹介していただきました。
■山根徳太郎氏
明治22年1月12日生まれ。西田直二郎に師事。大阪商大予科教授,戦後はその後身の大阪市立大教授。昭和29年からはじまった難波(なにわ)宮址の発掘調査を指導し,史跡保存の重要性をうったえた。昭和48年7月28日死去。84歳。大阪出身。京都帝大卒。著作に「難波の宮」など。

■大阪城址研究会での山根先生の位置は? 大阪城址研究会で、山根先生はどんな活動をしておられたのか? 山根先生はどうして大阪城址の研究から難波宮へ変わられたのか? 難波宮を研究されるきっかけは何だったのだろうか? なぜ難波宮だったのだろう? ■山根徳太郎論文目録『難波宮跡研究調査年報1973』より、1954年(昭和29年)以前のもの、発掘以前。201603022


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