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2016年3月 9日 (水)

「朝鮮と琉球」(No.3849)

9回館長講座「朝鮮と琉球」でした。
日時:3月9日(水)14.00~15.30
会場:大阪歴史博物館 4階講堂
講師:木戸 博成氏 大阪歴史博物館学芸員
     栄原永遠男館長

江戸時代の日本と重要な関係を取り結んだ朝鮮と琉球。
近世人が朝鮮・琉球二国それぞれに、どのような眼差しを向けたかについて、両者の比較と言う視座からお話ししていただきました。
■江戸時代に日本が唯一対等な国交をもった朝鮮国から日本を1607年から1811年までのあいだに12回訪れた500人規模の朝鮮通信使(外交使節団)は当時の日朝間の善隣友好のシンボルとして、現在では教科書にも採り上げられるようになりました。▼その研究と普及に尽力した故・辛基秀(シンギス)氏のコレクション「朝鮮通信使と李朝の絵画」が大阪歴史博物館8階の常設展に展示されています。
■琉球国の外交使節団の派遣は「江戸上り」ともいわれ、寛永11年(1634)から嘉永3年(1850)までの間に計18回。▼徳川家康期(1610年前後)の琉球国が薩摩(日本)侵攻を受け、島津氏の「附庸」(半属国)だった。▼このため、江戸幕府より「日本側のトップ交代時」「琉球側トップの交代時」には各々慶賀使・謝恩使を江戸に派遣する義務を負わされていた。▼ 日本への琉球使節来訪は琉球王朝成立の遥か以前より実施されていましたが、現在知られるパターンに変ったのは、薩摩侵攻以降、時期的には朝鮮通信使とほぼ同時期です。▼これらの使節団は「徳川幕府は海外も侵攻している」との武力アピールとして利用され、琉球使節団は出来るだけ派手な異国風衣装や大規模パレードを指示されます。▼ 琉球王子を正使とする一行の人数は、最も多い時で170人くらいでした。▼琉球を6月ごろ出発し、鹿児島の琉球館に入り、8月から9月にかけて鹿児島を出発、長崎、平戸、下関を経て、瀬戸内海を通り、大坂に入ります。▼江戸に到着するのは11月か12月ごろで、約1カ月滞在し、将軍に謁見、献上物を奉呈します。■渡辺善右衛門(1701~1762)が「朝鮮人来聘記」「入来琉球」を著しています。■大阪とも縁のある朝鮮通信使や琉球使節をわかりやすくお話されました。20160309_1


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