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2017年8月27日 (日)

テオティワカン遺跡 (№4390)

8月27日(日)は観光です。テオティワカン遺跡とアステカの都の上に築いた都市 メキシコシティの広場です。
■テオティワカン遺跡
▼メキシコ・シティの北、50KMほどの位置にある古代都市の遺跡。メキシコ中央高原に花開いた謎の文明「テオティワカン」。▼中央には南北を貫く「死者の道」が約3.3KM伸び、その周囲に高さ64mの「太陽のピラミッド」、城塞、と42mの「月のピラミッド」などが整然と並ぶ。テオティワカンとは「神々の都市」という意味。▼「太陽のピラミッド」は急こう配の大階段で、高さは64m。
▼4世紀から5世紀ごろに隆盛を極めたテオティワカンは7世紀ごろ滅亡したとされる。幅40m、長さ5㎞の大通りが都を貫き。5世紀には15万人が暮らし繁栄を謳歌したが、ラテンアメリカ最大の都市テオティワカンはやがて姿を消しました。その後、この都市を見つけた人々がその大きさに驚き、神様たちが集う場所だと考えた。しかし、テオティワカン文明がどのような文明であったのか、わずかな絵文字しか残されていないため、今もって定かではない。▼かなりの急な階段ですが、安全のためにロープを頼りに登り、頂上へ。また下りもロープのお世話になりました。
■関連WEB:テオティワカン遺跡
 
■歴史地区の中央広場、ソカロ。
▼急速な経済発展ぶりを見せるメキシコの首都。
セントロと呼ばれる歴史地区には、アステカ王国の古代遺跡とスペイン植民地時代の建物が残り、かつての栄華が感じられます。
▼カテドラル・メトロポリターナ
破壊されたアステカの神殿の石材を建材に用いた、メキシカン・バロック様式の大聖堂。
▼テンプロ・マヨール
アステカ王国の中央神殿の跡地。通路のある遺跡内は一部、見学可能です。
▼国立宮殿
アステカの宮殿跡に立つ、植民地活動の拠点だった場所。現在は大統領執務室と財務省が入る。メキシコの歴史を描いた壁画が見どころ。
■関連WEB:アステカの都の上に築いた都市 メキシコシティ

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